ABOUT US 当園について
“家族愛が強い農家”だから愛情たっぷり、
絶品過ぎる河内みかん。

みかんの産地「熊本 河内」で50年以上の歴史。
天明2年・・・熊本にある金峰山の山肌(河内町)でみかん生産が始まり、昭和初期に河内みかんは全国トップクラスに躍り出ました。
みかん生産に賑わいを見せる時代に初代東農園の園主「東 義時」も生産をスタートさせ、当時はコンテナを肩に担いだり、牛で引っ張ってみかんを運搬するという過酷な労働環境にでしたが、河内みかんは人気が高く、お客様のお喜びの声が疲れを感じさせませんでした。二代目「東 聖也」に事業承継する際にはモノレールが設置され、みかん生産に変化が生まれました。その当時、南農園初代「南 和宏」もみかん生産をスタートさせ、東農園と南農園は仲間でもあり、良きライバルでもあり、切磋琢磨する関係となりました。
そんな東農園と南農園が一つになったのは、南家の長女「南 尚江」が東家に嫁いだことでした。それからというもの、両園は技術も労働力も共有しながら絶品みかんを作り上げていきました。家族愛が紡いできた想いは、三代目の東宗太へと受け継がれています。

- 有明海の潮風と
- 太陽の光をいっぱいに
- 浴びて育つ
- 絶品過ぎる河内みかん
1782年(天明2年)に河内領主牛島七郎佐衛門橘公基が、それ以前に育てられていた小みかんより優れた温州みかんの栽培を奨励したことが始まりです。1934年(昭和9年)には河内町内に県立果樹実験場が設置され、生産向上や増殖を目的としてより高度なみかん栽培技術の普及が図られました。現在は主に4代目世代が栽培に従事しており、後継者育成も進められています。

晩年の宮本武蔵ゆかりの地“霊巌洞”
実は河内みかん堂の東農園があるみかん畑は、あの宮本武蔵が晩年に兵法書「五輪書」を作成したと言われている金峰山山麓にある洞窟”霊巌洞”の近くにあります。
うっそうと茂る樹木におおわれ、神秘的な霊場として知られる雲巌禅寺の裏山に“霊巌洞”はあり、洞窟内には岩戸観音の名で知られる観音像が安置されています。ここは宮本武蔵の魂が宿る地、そんな由緒ある山麓に河内みかん堂の東農園はあります。お立ち寄りの際には是非足を運んでください。
















COMPANY 会社概要

- 農園名
- エンタメ農家「河内みかん堂」
- 代表者
- 東農園二代目園主 東 聖也
- 所在地
- 〒861-5282
熊本県熊本市西区松尾町平山415-28 - TEL
- 080-1750-1835
- 創業
- 天明2年
- 事業内容
- みかんの生産・販売
毎日楽しく 毎日仲良く 笑顔であれ